日付が変わる頃、東京のメンバーが出発。

途中、諏訪で合流し、須坂へ向かいました。

須坂で、クリーニング黒岩さんにお願いしていた着物と帯をお預かりし、そのまま能登へ。

七尾のアサヒランドリーさんに到着後、ハイエースをお借りしました。

この日は、DSAT号へドライブレコーダーの取り付けをする必要があったためです。

七尾の電装屋さんである清水電機商会さんを、アサヒランドリーさんにご紹介いただき、取り付けをお願いしました。

DSATは決して資金が潤沢ではないため、現地で洗ってもらうところ以外に支援金を使うことには、いつも悩んでいます。

しかし、それこそ支援金で購入したDSAT号。万が一のことがあった場合を考えると、ドラレコは必要だという判断に至り、今回設置することにしました。

その他にも、支援活動を行う上で検討しなければならない課題が多くあります。

実際、今回の支援活動中にもそのことが大きく顕在化したことがありました。

今後は基準や仕組みを整備して、より安全に支援活動が行える体制を整えていく必要があります。

七尾でDSAT号を預けたあと、珠洲へ向かい、堂端クリーニング店さんへ帯をお届け。

続いて飯田高校で、洗濯機・乾燥機に異常がないか確認を行いました。

輪島では、はるきクリーニングさんに着物をお届けし、新たに着物をお預かり。

最後に七尾へ戻り、取り付けをお願いしていたDSAT号を引き取った後、良川屋クリーニングさんへ着物をお願いし、近況を伺ったあと、お借りしていたハイエースをお返ししました。

道路状況も、またかなり改善され、のと里山海道などもスムーズに走行できるようになりました。

とはいえ、現地はまだ、日々の生活を取り戻していく復興の真っ只中。

現在、能登で稼働しているクリーニング店は、珠洲で2軒、輪島で1軒、そして七尾でも数軒しか残っていません。

残っているクリーニング店も、震災の影響やそれに伴う人口減少の影響を受けて、まだ通常通りのクリーニング需要まで完全に戻っているわけではありません。

こうした状況を考えると、現地クリーニング店の営業継続を支える支援は、まだ必要だと感じています。

前々回の支援時、はるきクリーニングさんを訪ねた際、

「ここまで支援してもらって、これ以上続けてほしいとは言えない。今年で支援終了と言われても仕方ないと思っている。

でも本音を言えば、まだ支援してほしい」

というような言葉を聞きました。

来年も引き続き、能登で営業を続けるクリーニング屋さんへの後方支援は必要だと考えています。

それが間接的に能登の住民の皆さんへの支援にもなり、能登の復興を支えることにもつながると思っています。